う》して手紙を書きながら、復一はいよいよ真剣に彼女との戦闘を開始したように感じられて、ひとりで興奮した。真佐子に少しでもある女の要素が、何と返事を書いて来るにしろ、その中に仄《ほの》めかないことはあるまい。これが真佐子の父親に知れ、よしんば学費が途絶えるにしても真佐子を試すことは今は金魚の研究より復一には焦慮《しょうりょ》すべき問題であった。
「その女性は、あなたほど美しくはないけれども、……」と書いて、「あなたほど非人情ではありません」とは書きかね、復一は苦笑した。
 だんだん刺戟を強くして行って復一はしきりに秀江との関係を手紙の度に情緒《じょうちょ》濃《こ》く匂わして行ったが、真佐子からの返事には復一の求めている女性の肉体らしいものは仄めかないで、真佐子が父と共にだんだん金魚に興味を持ち出したこと、父のは産業的功利も混るが、自分のは不思議なほど無我の嗜好や愛感からであることなど、金魚のことばかり書いてある。金魚の研究を怠《おこた》らなければ復一が何をしようとどんな女性と交渉があろうと構わない書きぶりだった。復一がだんだん真佐子に対する感情をはぐらかされてほとほと性根もつきようとする
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