ながらそういうと、あれほど頑固《がんこ》をとおすつもりの復一の拗ね方はたちまち性が抜けてしまうのだった。けれども復一は必死になっていった。
「銀座なんてざわついた処《ところ》より僕《ぼく》は榎木《えのき》町の通りぐらいなら行ってもいいんです」
 復一の真佐子に対する言葉つかいはもう三四年以前から変っていた。友達としては堅《かた》くるしい、ほんの少し身分の違《ちが》う男女間の言葉|遣《づか》いに復一は不知《しらず》不識《しらず》自分を馴らしていた。
「妙なところを散歩に註文《ちゅうもん》するのね。それではいいわ。榎木町で」
 赤坂|山王下《さんのうした》の寛濶《かんかつ》な賑《にぎ》やかさでもなく、六本木|葵《あおい》町間の引締った賑やかさでもなく、この両大通りを斜に縫《ぬ》って、たいして大きい間口の店もないが、小ぢんまりと落付いた賑やかさの夜街の筋が通っていた。店先には商品が充実していて、その上種類の変化も多かった。道路の闇《やみ》を程よく残して初秋らしい店の灯の光が撒《ま》き水の上にきらきらと煌《きら》めいたり流れたりしていた。果《くだ》もの屋の溝板《どぶいた》の上には抛《ほう》り出
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