に霧島《きりしま》つつじが咲《さ》いている。
 崖の根を固めている一帯の竹藪《たけやぶ》の蔭《かげ》から、じめじめした草叢《くさむら》があって、晩咲《おそざ》きの桜草《さくらそう》や、早咲きの金蓮花《きんれんか》が、小さい流れの岸まで、まだらに咲き続いている。小流れは谷窪から湧《わ》く自然の水で、復一のような金魚|飼育商《しいくしょう》にとっては、第一に稼業《かぎょう》の拠《よ》りどころにもなるものだった。その水を岐《えだ》にひいて、七つ八つの金魚池があった。池は葭簾《よしず》で覆《おお》ったのもあり、露出《ろしゅつ》したのもあった。逞《たく》ましい水音を立てて、崖とは反対の道路の石垣《いしがき》の下を大溝《おおどぶ》が流れている。これは市中の汚水《おすい》を集めて濁《にご》っている。
 復一が六年前地方の水産試験所を去って、この金魚屋の跡取《あとと》りとして再び育ての親達に迎《むか》えられて来たときも、まだこの谷窪に晩春の花々が咲き残っていた頃《ころ》だった。
 復一は生れて地方の水産学校へ出る青年期までここに育ちながら、今更《いまさら》のように、「東京は山の手にこんな桃仙境《とうせ
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