の遣り繰りの相手になっていた銀行は休業したまま再開店は覚束ないと噂された。
「復一君の研究費を何とか節約してもらえんかね、とさすが鼎造のあの黒い顔も弱味を吹いたよ」
 年寄は、結局、復一の研究費は三分の一に切詰めることを鼎造に向って承知して来たにも拘《かかわ》らず、鼎造の窮迫《きゅうはく》を小気味よげに復一に話した。
 それを他人事のように聞き流しながら、復一は関西から届いた蘭鋳の番《つが》いに冬越しの用意をしてやっていた。菰《こも》を厚く巻いてやるプールの中へ、差し込む薄日に短い鰭と尾を忙しく動かすと薄墨の肌からあたたかい金爛の光が眼を射て、不恰好なほどにも丸く肥えて愛くるしい魚の胴が遅々として進む。復一は生ける精分を対象に感じ、死灰の空漠を自分に感じ、何だか自分が二つに分れたもののように想えて面白い気がした。復一は久し振りに声を挙げて笑った。すると宗十郎が背中を叩いて云った。
「びっくりするじゃないか。気狂《きちが》いみたいな笑い方をして、いくら暢気《のんき》なおれでも、ひやりとしたよ」

 年の暮も詰ってから真佐子に二番目の女の子が生れたという話で、復一は崖上の中祠堂に真佐子の姿を見ずに年も越え、梅の咲く頃に、彼女の姿を始めて見た。また子を産んで、水を更えた後の藻《も》の色のように彼女の美はますます澄明《ちょうめい》と絢爛を加えた。復一が研究室に額にして飾っておく神魚華鬘の感じにさえ、彼女は近づいたと思った。今日は真佐子は午後から女詩人の藤村女史とロマネスクの休亭に来ていた。二人の女は熱心に話し合っている。枯骨《ここつ》瓢々《ひょうひょう》となった復一も、さすがに彼女等が何を話すか探りたかった。夕方近くあかこ[#「あかこ」に傍点]を取ることを装《よそお》って、復一はこそこそと崖の途中の汚水の溜りまで登って、そこで蹲《うずくま》った。彼は三十前なのに大分老い晒《さら》した人のような身体つきや動作になっていた。二人の婦人が大分前から話しつづけていた問題だったらしい。けれど復一のところまでははっきり聞えて来なかった。実はそこで藤村女史と真佐子との間に交されている会話の要点はこんなことなのである……真佐子が部屋をロココに装飾し更えようと提議するのに藤村女史は苦り切った間らしいものを置いて、
「四五年前にあなたがバロックに凝《こ》ったさえ、わたしは内心あんまり人工的過ぎ
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