等しい努力を始めて陶冶《とうや》に陶冶を重ね、八ケ年の努力の後、ようやく目的のものを得られたという。あの名魚「秋錦《しゅうきん》」の誕生《たんじょう》は着手の渾沌《こんとん》とした初期の時代に属していた。
素人《しろうと》の熱心な飼育家も多く輩出《はいしゅつ》した。育てた美魚を競って品評会や、美魚の番附《ばんづけ》を作ったりした。
その設備の費用や、交際や、仲に立って狡計《こうけい》を弄《ろう》する金魚ブローカーなどもあって、金魚のため――わずか飼魚の金魚のために家産を破り、流難|荒亡《こうぼう》するみじめな愛魚家が少からずあった。この愛魚家は当時において、ほとんど狂想《きょうそう》にも等しい、金魚の総《あら》ゆる種類の長所を選《よ》り蒐《あつ》めた理想の新魚を創成しようと、大掛りな設備で取りかかった。
和金の清洒《せいしゃ》な顔付きと背肉の盛り上りを持ち胸と腹は琉金の豊饒《ほうじょう》の感じを保っている。
鰭《ひれ》は神女の裳《も》のように胴《どう》を包んでたゆたい、体色は塗《ぬ》り立てのような鮮《あざや》かな五彩《ごさい》を粧《よそお》い、別《わ》けて必要なのは西班牙《スペイン》の舞妓《まいこ》のボエールのような斑黒点《はんこくてん》がコケティッシュな間隔《かんかく》で振り撒かれなければならなかった。
超現実に美しく魅惑的《みわくてき》な金魚は、G氏が頭の中に描《えが》くところの夢《ゆめ》の魚ではなかった。交媒を重ねるにつれ、だんだん現実性を備えて来た。しかし、そのうちG氏の頭の方が早くも夢幻化《むげんか》して行った。彼は財力も尽《つ》きるといっしょに白痴《はくち》のようになって行衛《ゆくえ》知れずになった。「赫耶姫《かぐやひめ》!」G氏は創造する金魚につけるはずのこの名を呼びながら、乞食《こじき》のような服装《ふくそう》をして蒼惶《そうこう》として去った。半創成の畸形《きけい》な金魚と逸話《いつわ》だけが飼育家仲間に遺った。
「Gさんという人がもし気違いみたいにならないで、しっかりした頭でどこまでも科学的な研究でそういう理想の金魚をつくり出したのならまるで英雄《えいゆう》のように勇気のある偉《えら》い仕事をした方だと想《おも》うわ」
そして絵だの彫刻《ちょうこく》だの建築だのと違って、とにかく、生きものという生命を材料にして、恍惚《こうこつ》とした
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