狂童女の戀
岡本かの子
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【テキスト中に現れる記号について】
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)てれ[#「てれ」に傍点]ては
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)ふら/\する手つき
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――きちがひの女の兒に惚れられた話をしませう。
[#ここで字下げ終わり]
と詩人西原北春氏はこの詩人得意の「水花踊」などまだ始まらぬまだほんのほの/″\と酒の醉ひがまはりかけたばかりのところで――あれが始まるころはまつたく泥醉状態になつた西原氏なので――話し始めた。
支那の李太白らが醉つて名詩を作つたといふのはどれほどの醉ひに達したときか知りませんが、わが國の大詩人西原北春氏にありては、今北春氏が
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――きちがひに惚れられた話をしませう。
[#ここで字下げ終わり]
と厚い童男のやうな唇にいくらか微笑をふくんでいひ出した程度の醉ひの状態が一番、この大詩人の詩的面目の躍如たる表現に適してゐることを私には斷言出來ます。――さきは九歳のこどもですよ。
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――會社の重役のお孃さんですよ。
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なんと驚いたでせう、といふ氣持ちを、すこしふら/\する手つきに出して西原氏はわれわれにこの話へのより多くの注意を促した。
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――僕が目黒の競馬場の奧に棲んでゐたとき、あの邊は開けたばかりだから坂が非常に多かつた。
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西原氏はそこでまた、一つ杯を取り上げ口へ運びながら私を上目で視て
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――それ、あなたが、僕のあの家へ始めて尋ねて來たでせう、そして、僕んところへ持つて來るメロンを抱きながらあなたは坂を下つて來た。夕陽があまり綺麗だから、あなたは見惚れながらあの坂を降りて來た。すると、中途で石に下駄を奪られ、つまづく拍子にあなたの手に持つてゐたメロンが坂からころ/\ところげ落ちちまつた。あの下が谷でメロンがたうとう見つからなかつた、あの坂ね、あの坂のところで僕はそのお孃さんに見染められたんですよ。
[#ここで字下げ終わり]
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