氏の詩才と同じ樣な特色のある顏を濟して少女の方へ向け默つて鼻で息をしてゐた。
 四月の朝の光線が、窓から一ぱいさし込んで、デスクから床の上へ雪崩のやうに落ち散らばつてゐる西原氏の詩稿の書き屑を目眩しく見せた。座敷のさういふ白いものや少女の白い顏に庭樹の芽吹きが薄青く反射した。
 西原氏の顏へ向けた少女の凝視があまり續くので、母親が口を切つた。
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――英子、折かく先生にお目にかゝつたのですから、何かお話をなさい。
[#ここで字下げ終わり]
 すると少女は舞臺の人形振りのやうにこつん[#「こつん」に傍点]と一つうなづいて、大人のやうに、ゆつくり話し出した。
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――あの先生。先生はいつ、お嫁さんをお貰ひになるの。先生のお嫁さんになるには、こどもぢや、いけなくつて。あたし、先生のお嫁さんになりたいんだけれども。けれども、こどものお嫁さんつてないわね。こどものお嫁さん貰ふとお巡査さんに叱られるの?
[#ここで字下げ終わり]
 西原氏は驚いた。こんな理路整然とした戀ごゝろの表現が氣狂ひの口から出るものなのか。もちろん少女のことなので、いふ言葉はあどけない。しかし、このあどけないものに、もつと大人の言葉を置き換へたら情緒を運ぶ順序においては、もうそれは少女のものではない。立派に成熟した一人前の男に對する口説き方だ。西原氏は怖ろしくなつて、少女を思ひ切つて睨み据ゑた。そして腹のなかでかういひ据ゑた――お前にさういはせるのは何者だ、どの魄だ。
 母親は母親で、おろ/\してゐる。
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――あ、そんなことだけはいくらなんでも、先生の前でいはない樣にと、あれほどいつて置きましたのに、やつぱり頭の狂つてゐるものに、何と申し聞けて置きましても仕方が御座いませんのですねえ。
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 そして、不躾をくり返し/\西原氏の前にあやまる母親はもういくらか涙聲にさへなつてゐる。それを傍耳に聞きながら西原氏はひるまず少女を見据ゑてゐたが、何も發見することは出來なかつた。そしてをかしなことには少女の顏は前に默つて西原氏を見惚れてゐたときも、これほど纒綿とした情緒を披瀝するときにも、筋一すぢ表現を換へない。磨き出されたやうな美人型の少女顏は、生きた動きのない人形の
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