にして巴里の鳥瞰図が展開する。群集の興味はズボン釣一つに繋《つなが》る。
おやじの妻は驚いて卒倒しかけている。その顔は菠薐《エピナアル》の葉の緑だ。昇降機の中に六人の男女がいる。機械仕掛のことだから六人が六人とも同じ時間を置いて同じ程度の驚きを見せる。
いずれモンパルナスあたりの新進美術家《ジュスアルチスト》のプランと見える。その誇張が新野性主義《ネオヴァヴァリズム》の指標に適っていて賑やかできびきびしている。見物は笑わない。ただ見惚れている。そこに生れる機械でもなく人間でもない動作のリズムに見惚れている。そして宛てられた時間が切れてオスマン通りへ送り出されると其処で始めてわれに返った。そして今見た人形のように手を上げ下げした。洋傘《かさ》を持った郊外の人も。
みんな飽きていたのだ。――感情で動く動作にも、経済で動く動作にも。もっと変った動作は無いものか? それを見たのだ。今、百貨店、ギャラレ・ラファイエットの飾窓から一くぎりずつ出て来る群集を待ち受けて旧套な夜の巴里が次ぎ次ぎに呑んで行く――。
底本:「世界紀行文学全集 第二巻 フランス編2[#「2」はローマ数字、1−13
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