さします。
冬中はまだいいのです。伯林の市中で雪掻き人夫を使います。これは体さえ丈夫なものならどうにか割込めます。ですから私たちは朝、目を覚して窓硝子に粉雪の曇りが見えるとき寝床から飛上って『占めた!』と叫びます。雪掻き仕事は、その日勘定の仕事ですから恒久的財源にはなりませんが、然し、ちょいちょいあるので、姉か叔母さんに駄賃を貰うような気がして楽しみな仕事です。道路で働いていると両側の家の子供がまつわり付いて雪掻きを手伝って呉れます。これもこの仕事を好もしいものに思わして呉れる一つの情趣です。
そんなわけで私たちに取って春が来るくらい気を滅入《めい》らせるものはありません。春になると空や大地は詩的にも経済的にも私たちには赤裸にされてしまって余韻のないものになってしまうのです。その春がもう来ます。やっと私はここのレストランに一ヶ月程の臨時雇いの仕事を見付けましたが、これももう一人の給仕人が病気で休んでるからで、病人が癒ればお払い箱です。
なにしろ、私は疲れました。もう此の世に刺激もパッションも無いのです。少しぐらいそういうもののあるのは却って私に取っては苦痛です。全く無意識な世界、
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