》いと思いまして、あのおじいさんの給仕人に番を代って貰いました。だいぶ遠慮して差控えていたのですが、どうしても好き機会と思いましたので」
 それから彼はマネージャの方を気にしながら、私の食事をサーヴィスしている形に見せつつ、彼の訊き度いと思う仔細を語った。
 青年は名をベックリンと言って伯林商業大学の生徒だった。自活をしているので、仕事のあるときは多くその方を懸命に働き、学校は、言わば失業のときの暇つぶしですと言った。
「御承知でもありましょうが、いま独逸で私たちのような境遇の者の食って行く途《みち》は実に骨が折れるのです。こっちは何でもやるつもりですが仕事がありません。私たちの日課と言ったら朝起きて新聞の職業紹介欄を見て、目星しいものにサインを付け、それを一々自転車に乗って尋ね廻ることです。誰が先にその求人の事務所に乗りつけるか、まるで自転車競走です。そして一々すげなく断られて帰って来ます。そして朝飯のパンを噛《かじ》ります。もう習慣になっていますから、求職の一廻りをして、それからでないと朝飯が落着かないくらいです。然《しか》し自転車というものを見ると実に何とも言えない此の世に嫌気が
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