これです」
 と言って普通の十指の合せ方をしてみせた。
「ほんとに、これでいいんですか」と自分も真似ながら頻りに不安がっている青年を私はどうやら会得《えとく》させて、先へ室を出てしまった。その青年は新らしく教えられた合掌の仕方でなお石碑に向って礼拝をしなおして居た様子だった。

 町を歩き廻って夕刻少し前、停車場へ戻った。生憎《あいにく》と伯林行きの汽車は出てしまった後だった。次の汽車までは一時間はある。停車場の軒続きに覗くと清潔そうなレストーランがあるので、少し早いとは思ったが晩餐を済ますことにして其の店へ入って行った。
 客は一人も居なかった。年寄ったウェーターが私を出張りの硝子《ガラス》囲いの側近くの卓に導いて呉れて、間もなく皿を運んで来た。私は程よく燃えているストーヴに暖められながら、いつの間にか氷雨が降っている硝子の外の景色を眺めながら悠《ゆ》っくりフォークを動かしていた。停車場前の広場に降る緩慢な氷雨を通して、町へ斜めに筋を通している寂しい主街《メーンストリート》に、うるみながら黄いろい灯がちらりほらり点《つ》いて行く。私は日本の東北の或る寒駅に汽車を待佗びている旅人のよう
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