た少しの建築費で如何に素人《しろうと》ながらも個人の趣味性を満足させようかと、心を籠めて建てた勤人の家屋の設計を見て廻るのも興味があった。私は最早や異境滞遊三年に近く、所謂《いわゆる》偉大なもの、壮麗なもの――つまり異常なものの見物には刺激されなくなっていた。つつましい平凡に饑《う》えていた。それ等の理由で、思わず私は二度目の足を此の町に運んだのであった。春も近くなったのでリンデンやプラタナスの街路樹の梢が色づいて来ていた。それを越して眺められる町の屋根から空も、寒さに張り詰めた息をすこし洩す緩やかな光が添った。だが冬の続きの白雲はまだ青空に流水の険しさを見せて、層々北から南へ間断なく移って行った。雲によって陽が翳《かげ》るごとに路面に遊んでいる乳母車、乳母、子供、犬が路面ごと灰色の渋晦を浴せられた。

 来た以上、素通りもと、私は二度目の仏陀寺へ寄った。そして見物はもう不要だから、例の本堂の法句経の碑の前に、ただ合掌して帰るつもりであった。その碑の前には一人の質素な服装の独逸《ドイツ》人の青年が、膝まずいて両手を確《しっ》かり組み合せ、それを胸の前で頻《しき》りに振り廻していた。眼は
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