不明のちぐはぐなもので、数も少ない。ただ本堂と覚しき多角形の広間の、ひと側の中央に漢字で彫った法句経の石碑が床の上に屹立して礼拝の標的を示している。この部屋は、光線の取り方も苦心をして幽邃《ゆうすい》を漂わせているから、此処こそ参詣者の額《ぬか》ずく場所と、私も合点して合掌したのであった。
そんなわけで私は失望しながら、日本人の名前の沢山書いてある参詣者記念名簿に私も義務だけにペンで名前を書入れて帰った。
寺は気に入らなかった。然《しか》し町は気に入った。名も無いフロウナウの町は平凡そのもののようであった。几帳面《きちょうめん》に道路に仕切られ、それに思い思いの住宅が構えられていた。伯林《ベルリン》から一時間で通える道程なのだから、住民の多くは伯林に職を持つ中小の勤人であろう。
恐らく伯林市から離れて近郊に住宅を持つ勤人の遠距離の住宅地の一つなのであろう。それ故に田舎町にしては小ざっぱりとして閑《しず》かであった。たとえ道を訊くためにドアのベルを鳴らしても出て来る家族は、不愛想な顔もせず、表まで出て来て念入りに教えて呉れる余裕を家々は持って居た。また、私は、汗水を垂らして工面し
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