年の普通の独逸女が案内して廻って著書などを売る。その管理の女に様子を訊いたり、買った著書を少し繰って見たりしたけれども、此の寺の創立者に到底本筋の仏教の知識や心験があったようには思われない。例の印度《インド》から直接独逸に取入れられた原始経典にいささか触れるところがあり、それに西洋人得意の独断を交えて自己満足の宗教を考え溜めたものらしい。もっともこの宗祖には師匠に当るやはり独逸人の老人がいたのだが、犬に噛まれたのが元で死んでしまったという話を聴かされた。宗祖には他に弟子も無いのだからダルケの宗門は断絶し、今はこの寺だけが遺身《かたみ》にのこっているわけである。少し離れて建っている斎戒沐浴《さいかいもくよく》のため使ったという浴堂のまわりに木の葉が佗しく掃き積っていた。
 宗祖が東洋の事にあまり明るくなかった証拠は寺の建物の趣きにも知られる。それは印度風でもなし、支那風でもなし、人によっては回教の寺とも思わしめるほど、およそ東洋の寺院とは縁遠い様式である。数寄の者の建てたエキゾチックな別荘《ヴィラ》――一口に斯《こ》う言ってしまった方が早いようである。従って中にある什具《じゅうぐ》も国籍
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