はっきり割り切ろうとしていたからなあ」
「そうだ、ここのように純粋の軍需品会社でもなく、平和になればまた早速に不況になる惧《おそ》れのあるような会社は見込みがないって言ってたよ」
 山岸は辺りへ聞えよがしに言った。彼も不満を持ってるらしかった。
「あの人は今度、どこへ引っ越したの」
 加奈江はそれとなく堂島の住所を訊き出しにかかった。だが山岸は一寸|解《げ》せないという顔付をして加奈江の顔を眺めたが、直ぐにやにや笑い出して
「おや、堂島の住所が知りたいのかい。こりゃ一杯、おごりものだぞ」
「いえ、そんなことじゃないのよ。あんたあの人と親友じゃないの」
 加奈江は二人の間柄を先《ま》ず知りたかった。
「親友じゃないが、銀座へ一緒に飲みに行ってね、夜遅くまで騒いで歩いたことは以前あったよ」
「それなら新しい移転先き知ってるでしょう」
「移転先って。いよいよあやしいな、一体どうしたって言うんだい」
 加奈江は昨日の被害を打ち明けなくては、自分の意図が素直に分って貰えないのを知った。
「山岸さんは堂島さんがこの社を辞めた後もあの人と親しくするつもり。それを聞いた上でないと言えないのよ」
「いや
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