て銀座行きのバスに乗った。
「わたし、正月早々からあんたを急《せ》き立てるのはどうかと思って差控えてたのよ。それに松の内は銀座は早仕舞いで酒飲みなんかあまり出掛けないと思ったもんだから」
 明子は言い訳をした。
「わたしもそうよ。正月早々からあんたをこんなことに引張り出すなんか、いけないと思ってたの。でもね、正月だし、たまにはそんな気持ちばかりでなく銀座を散歩したいと思って、それで裾模様で来たわけさ。今日はゆったりした気持ちで歩いて、スエヒロかオリンピックで厚いビフテキでも食べない」
 加奈江は家を出たときとは幾分心構えが変っていた。
「まあまあそれもいいねえ。裾模様にビフテキは少しあわないけれど」
「ほほほほ」
 二人は晴やかに笑った。

 銀座通りは既に店を閉めているところもあった。人通りも割合いに少なくて歩きよかった。それに夜店が出ていないので、向う側の行人まで見通せた。加奈江たちは先ず尾張町から歩き出したが、瞬《またた》く間に銀座七丁目の橋のところまで来てしまった。拍子抜けのした気持ちだった。
「どうしましょう。向う側へ渡って京橋の方へ行ってオリンピックへ入りましょうか、それと
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