乗客の横顔が二人の眼をひかないではいなかった。どうも堂島らしかった。二人は泳ぐように手を前へ出してその車の後を追ったが、バックグラスに透けて見えたのは僅かに乗客のソフト帽だけだった。
それから二人は再び堂島探しに望みをつないで暮れの銀座の夜を縫《ぬ》って歩いた。事変下の緊縮した歳暮はそれだけに成るべく無駄を省いて、より効果的にしようとする人々の切羽《せっぱ》詰まったような気分が街に籠《こも》って、銀ブラする人も、裏街を飲んで歩く青年たちにも、こつん[#「こつん」に傍点]とした感じが加わった。それらの人を分けて堂島を探す加奈江と明子は反撥《はんぱつ》のようなものを心身に受けて余計に疲れを感じた。
「歳の瀬の忙しいとき夜ぐらいは家にいて手伝って呉れてもいいのに」
加奈江の母親も明子の母親も愚痴《ぐち》を滾《こぼ》した。
加奈江も明子も、まだあの事件を母親に打ちあけてないことを今更、気づいた。しかしその復讐のために堂島を探して銀座に出るなどと話したら、直《ただち》に足止めを食うに決まっている――加奈江も明子も口に出さなかった。その代り「年内と言っても後四日、その間だけ我慢して家にいまし
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