はその男の名を思い出して上から叫んだ。男の女に対する乱暴にも程があるという憤《いきどお》りと、こんな事件を何とかしなければならないというあせった気持から、明子と磯子はちらっと加奈江の方の様子を不安そうに窺《うかが》って加奈江が倒れもせずに打たれた頬をおさえて固くなっているのを見届けてから、急いで堂島の後を追って階段を駆け降りた。
 しかし堂島は既に遥か下の一階の手すりのところを滑るように降りて行くのを見ては彼女らは追つけそうもないので「無茶だ、無茶だ」と興奮して罵《ののし》りながら、加奈江のところへ戻って来た。
「行ってしまったんですか。いいわ、明日来たら課長さんにも立会って貰《もら》って、……それこそ許しはしないから」
 加奈江は心もち赤く腫《は》れ上った左の頬を涙で光らしながら恨《うら》めしそうに唇をぴくぴく痙攣《けいれん》させて呟《つぶや》いた。
「それがいい、あんた何も堂島さんにこんな目にあうわけないでしょう」
 磯子が、そう訊《き》いたとき、磯子自身ですら悪いことを訊いたものだと思うほど加奈江も明子も不快なお互いを探り合うような顔付きで眼を光らした。間もなく加奈江は磯子を睨《
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