快走
岡本かの子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)縫《ぬ》い

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 中の間で道子は弟の準二の正月着物を縫《ぬ》い終って、今度は兄の陸郎の分を縫いかけていた。
「それおやじのかい」
 離れから廊下を歩いて来た陸郎は、通りすがりにちらと横目に見て訊《き》いた。
「兄さんのよ。これから兄さんも会社以外はなるべく和服で済ますのよ」
 道子は顔も上げないで、忙がしそうに縫い進みながら言った。
「国策の線に添ってというのだね」
「だから、着物の縫い直しや新調にこの頃は一日中大変よ」
「はははははは、一人で忙がしがってら、だがね、断って置くが、銀ぶらなぞに出かけるとき、俺は和服なんか着ないよ」
 そう言ってさっさと廊下を歩いて行く兄の後姿を、道子は顔を上げてじっと見ていたが、ほーっと吐息をついて縫い物を畳の上に置いた。すると急に屈托して来て、大きな脊伸びをした。肩が凝《こ》って、坐り続けた両腿がだるく張った感じだった。道子は立上って廊下を歩き出した。そのまま玄関で下駄を履《は》く
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