と、冬晴れの午後の戸外へ出てみた。
 陽は既に西に遠退《とおの》いて、西の空を薄桃色に燃え立たせ、眼の前のまばらに立つ住宅は影絵のように黝《くろ》ずんで見えていた。道子は光りを求めて進むように、住宅街を突っ切って空の開けた多摩川脇の草原に出た。一面に燃えた雑草の中に立って、思い切り手を振った。
 冬の陽はみるみるうちに西に沈んで、桃色の西の端《はず》れに、藍色の山脈の峰を浮き上らせた。秩父の連山だ! 道子はこういう夕景色をゆっくり眺めたのは今春女学校を卒業してから一度もなかったような気がした。あわただしい、始終追いつめられて、縮《ちぢ》こまった生活ばかりして来たという感じが道子を不満にした。
 ほーっと大きな吐息をまたついて、彼女は堤防の方に向って歩き出した。冷たい風が吹き始めた。彼女は勢い足に力を入れて草を踏みにじって進んだ。道子が堤防の上に立ったときは、輝いていた西の空は白く濁って、西の川上から川霧と一緒に夕靄《ゆうもや》が迫って来た。東の空には満月に近い月が青白い光りを刻々に増して来て、幅三尺の堤防の上を真白な坦道のように目立たせた。道子は急に総毛立ったので、身体をぶるぶる震わせ
前へ 次へ
全12ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング