が気になるの。眠る前に行く方がいいけれど、それじゃ明日は昼間行きましょう」
道子は一日ぐらいは我慢しようと諦めた。それが丁度《ちょうど》翌日は雨降りになった。道子は降り続く雨を眺めて――この天気、天祐《てんゆう》っていうもんかしら…………少くとも私の悲観を慰めて呉れたんだから…………そう思うと何だか可笑《おか》しくなって独りくすくす笑った。
お昼過ぎに母親と傘をさして済した顔でお湯に行った。
「そんなに長くお湯につかってるんじゃありませんよ」
母親が呆《あき》れて叱ったけれど、道子は自分の長湯を信用させるために顔を真赤にしてまで堪えて、長くお湯につかっていた。
やがて洗《なが》し場《ば》に出て洗い桶《おけ》を持って来るときは、お湯に逆上《のぼ》せてふらふらしたが、額を冷水で冷したり、もじもじしているうちに癒《なお》った。
「いい加減に出ませんか」
母親は道子のそばへ寄って来て小声で急《せ》き立てるので、やっと身体を拭いて着物を着たが、家へ帰るとまた可笑しくなって奥座敷へ行って独りくすくす笑った。
「道子はこの頃変ですよ。毎晩お湯に行きたがって、行ったが最後一時間半もかかるんですからね。あんまり変ですから今日は私昼間連れて行ってみました」
母親は茶の間で日記を書き込んでいた道子の父親に相談しかけた。
「そしたら」
父親も不審そうな顔を上げて訊いた。
「随分長くいたつもりでしたが四十分しかかかりませんもの」
「そりゃお湯のほかに何処かへ廻るんじゃないかい」
「ですからゆうべは陸郎に後をつけさせたんですよ。そしたらお湯に入ったというんですがねえ、その陸郎が当てになりませんのよ。様子を見に行ったついでに、友達の家へ寄って十二時近くまで遊んで来るのですから」
「ふーん」
父親はじっと考え込んでしまった。
雨のために響きの悪い玄関のベルがちりと鳴って止むと、受信箱の中に手紙が落された音がした。母親は早速立って行って手紙を持って来たが
「道子宛ての手紙だけですよ。お友達からですがねえ、この頃の道子の様子では手紙まで気になります。これを一つ中を調べて見ましょうか」
「そうだね、上手《じょうず》に開けられたらね」
父親も賛成の顔付きだった。母親は長火鉢にかかった鉄瓶《てつびん》の湯気の上に封じ目をかざした。
「すっかり濡れてしまいましたけれど、どうやら開きました」
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