絶えず微笑し乍ら、都会の諸方から集まつて来る観衆に交つてゐた。たま/\知人に逢つて褒祝の言葉に逢へば、桂子は頭を下げて謝辞を返した。桂子の勇気ある新興芸術の報道にあらゆる激励の辞を用意するといふ新聞記者達にも。
 夜。会場に人は絶えた。自宅から自動車で迎へに来たせん子は、赤子を抱いたまゝ会場を廻つたので疲れて、今食堂で何か飲物を摂つてゐる――桂子はたゞ一人闇空の下に立ち現はれてQ――芸館の屋上庭園を靴の底に踏み締めた。
 ……………
 ……………
 小布施さん……桂子はハンカチを眼に当てゝよゝ[#「よゝ」に傍点]と泣いた……小布施さん……
 だが、死んだ小布施の名を呼びながら、桂子の涙は、実は桂子自身の異常な運命や悲痛な忍苦、はげしい潜情に向けて送られてゐる。
 だが、ふと桂子は気づいた。
 桂子の足下に在る全館の花々は、今一斉に上なる桂子を支へてゐる。
 それこそは桂子自身の生命が、更に桂子の生命を支へ上げんとする健気な力、そして永遠に新しき息吹である。
桂子はもう泣いてゐなかつた。
「花は勁し」
と云つて、桂子は大きく頷いた。夜風が徐ろに桂子の服の裳を揺ると、桂子それ自身が一つの大
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