先走りするのが、ひし/\と桂子に感じられた。
 今日も茶室の小座敷で襖に留金を掛け籠枕を頬に当てゝ横になると、桂子は多少、自分の世界を取り戻した気持になる。せん子を小布施のところへ遣つてから、手廻りは何事も不如意で、代つてして呉れる内弟子のカリフオルニヤ生れの桑子はビジネスライクに過ぎて、気持にそぐはないところが多い。それから姪のせん子でなければ、して貰へないこともある。寝室の壁の隠し棚に入れて置く夜壺《ナイトポツト》、たとへこれがペルシヤ模様の清楚華麗な品であるにしても、この始末など、いくら内弟子でも桑子にはさせられない。自分でしなければならない。だが、年頃になるまで外国で育つた桑子のすることには、日本の習慣に馴れない一種の愛嬌があつて慰むこともある。生花の師には弟子から何かと贈物があつた。ある日下町の割烹家から鰹の土佐焼を美しい祥瑞|模《うつ》しの皿に盛つて送つて来た。その鰹の肉片が片側藁火に焙られて、不透明な焼肉の色から急速に生身の石竹色に暈《ぼ》けてゐるのをまじ/\と見詰めながら、桑子は師匠に云つた。「先生、このお刺身は腐つてゐません?」さういふときには、桂子は男の子を一人持つ
前へ 次へ
全38ページ中20ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング