ういはれると、眩しさうに眼を瞬いて、はじめて桂子を見上げた。疳癖があつて、蛾のやうな眉が高い額に迫つてゐる下に、柔和な細い眼がいくらか血[#「血」に「ママ」の注記]膜炎にかゝつて、怯えを見せてゐた。元来、青白い顔色が急に浅黒くなつてゐる。
「しげ(女中の名)はきのふ暇をとつて行つたよ。今どき独身者の病人の家に、給金だけで永くゐる娘はないよ――遺産つきで女房の契約でもしてやらなけりや」
 ちよつと皮肉にいつたが、すぐ素直な声になつて、
「そんなことはどうでもいゝ。僕はこの二三日、女中がゐないんで、湯を湧かしたりごみ/\した用事で疲れて、本読んだり画をかくのが面倒なんで、寝ころんでひとりでに君のことを研究してゐたのだがね。君はやつぱり女であつて、女といふものには持つて生れた貞操といふものがあつて、それが結局、根本で万事を解決するんぢやないかと思つたよ。君どう思ふ」
 小布施はその証拠のやうにペラ/\とアルバムの頁を繰つた。そして、曾て見たことのない懐しい顔つきをした。今度は桂子が眩しい眼つきをした。
「何をつまらないことをいつてるんです。あたしのことなぞ今の問題ぢやないぢやありませんか。そ
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