るこの母親の術には、実に参りました。子供の心は、そういうものには堪えられるものではありません。僕は元来そう頭は悪くない積りですが、この時分は痴呆症《ちほうしょう》のようになって、学校も仮及第ばかりしていました」
 木下が九つの時に堺屋の妻は、女の子を生んだ。それが今の娘である。しかし、堺屋の妻は、折角楽しんでいた子供が女であることやら、木下の生みの母との争奪戦最中の関係からか、娘の出生をあまり悦《よろこ》びもせず、やはり愛は男の子の木下に牽れていた。木下の母親は、「自分に実子が出来た癖に、まだ、人の子を付け覗《うかが》っている。強慾な女」と罵《ののし》った。
 ところが、晩産のため、堺屋の妻は兎角《とかく》病気勝ちで、娘出生の後一年にもならないうちに死んで仕舞った。
 その最後の病床で、堺屋の妻は、木下の小さい体を確《しっか》り抱き締めて、「この子供はどうしてもあたしの子」とぜいぜいいって叫んだ。すると生みの母親は冷淡に、「いけませんよ」といって、その手から木下を靠《も》ぎ去った。堺屋の主人は始め不快に思ったが、生みの母のすることだから誰も苦情はいえなかった。
 すると堺屋の妻は、木下
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