しい、一つお手伝いしましょう」
中老の社長はその男にも好意を持つと同時に、自分も自分の奥に燃え燻《くすぶ》ってしまった青春の夢を他人ごとながら、再び繰り返せるように気が弾んで来たらしい。
「恋というものは人間を若くする。酒と子供は人間を老いさせる」
ステッキの頭の握りに両手を載せ、その上に額の端を支えながら、こんな感慨めいた言葉を吐いた。大酒|呑《の》みで子供の大勢あるという中老の社長は、籐《とう》のステッキをとんと床に一突きして立上ると
「その船の入港には、まだ三日ばかり日数がありますな。では、その間にしっかり見物しときなさるがよろしいでしょう」
そしてボーイに車を命じた。
スピーディーな新嘉坡《シンガポール》見物が始まった。この市にも川が貫いて流れていた。私は社長に注文して、まず二つ三つその橋々を車で渡って貰った。
両岸は洋館や洋館|擬《まが》いの支那家屋の建物が塀のように立ち並んでいるところが多く、ところどころに船が湊泊する|船溜り《ボート・ケイ》が膨らんだように川幅を拡《ひろ》げている。そして、漫々と湛《たた》えた水が、ゆるく蒼空《あおぞら》を映して下流の方へ移る
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