曖昧《あいまい》なことを云っているようで、その語調のなかには切実な希求が感じられたと娘は眼に涙さえ泛《うか》べ、最上の力で意志を撓《たわ》め出すように云った。
「私のそれからの男優《おとこまさ》りのような事務的生活が始まりました。その間二三度その男は帰って来ましたが、何とも云わずに酒を飲んで、また寂しそうに海へ帰って行きました。私はまだ、どこか灰汁《あく》抜けしない女臭いところがあるのかと、自分を顧みまして、努めようとしましたが、もうわけが分りません。迷い続けながら、それでも一生懸命に、その男の気に入るようにと生活して来ますうち、あなたにお目にかかりました」
 東京の中で、朝から食べさせる食物屋は至って数が少い。上野の揚げ出しとか、日本橋室町の花村とか、昔から決っているうち[#「うち」に傍点]である。そうでなければ各停車場の食堂か、駅前の旅籠屋《はたごや》や魚市場の界隈の小料理屋である。けれども女二人ではちょっと困る。私たちは寒気の冴《さ》える朝の楓《かえで》川に沿い、京橋川に沿って歩いたが、そうそうは寒さに堪えられない。車を呼び止めて、娘をホテルの食堂に連れて行き、早い昼飯を食べさし
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