にございませんが、一旦そうおなりになると一人であすこ[#「あすこ」に傍点]へ閉籠《とじこも》って、人と口を利くのを嫌がられます」
 若《も》しかして、昨日、茶席での談話が、娘を刺戟《しげき》し過ぎて、娘は気鬱症を起したのかも知れない。そう云えばだんだん娘の性情の不平均、不自然なところも知れて来かかっていたし、そういう揺り返しが、たまたま起るということも、今更、不思議に思われなくなっていた。私は小店員の去ったあと、また河の雪を眺めていた。
 水は少し動きかけて、退き始めると見える。雪まだらな船が二三|艘《そう》通って、筏師《いかだし》も筏へ下りて、纜《ともづな》を解き出した。
 やや風が吹き出して、河の天地は晒《さら》し木綿の滝津瀬のように、白瀾濁化《はくらんだっか》し、ときどき硝子障子《ガラスしょうじ》の一所へ向けて吹雪の塊りを投げつける。同時に、形がない生きものが押すように、障子はがたがたと鳴る。だが、その生きものは、硝子板に戸惑って別に入口を見付けるように、ひゅうひゅう唸《うな》って、この建物の四方を馳《は》せ廻《まわ》る。
 ふと今しがた小店員が云った気鬱症の娘が、何処に引籠《ひ
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