く、襖口《ふすまぐち》からちらりと覗いて目礼した。
「お見かけしたところ、お父さまは別にどこといって」というと、
「いえ、あれで、から駄目なのでございます。少し体を使うと、その使ったところから痛み出して、そりゃ酷《ひど》いのですわ」
「まあ、それじゃ、今日のおもてなしも、体のご無理になりゃしませんこと」
「なに、関わないのでございますよ。あなたさまには、いろいろお話し申したいことがあると云って、張切って居るんでございますから」
纏縛《てんばく》という言葉が、ちらと私の頭を掠《かす》めて過ぎた。しかし、私は眼の前の会席膳《かいせきぜん》の食品の鮮やかさに強て念頭を拭《ぬぐ》った。
季節をさまで先走らない、そして実質的に食べられるものを親切に選んであった。特に女の眼を悦《よろこ》ばせそうな冬菜《ふゆな》は、形のまま青く茹《ゆ》で上げ、小鳥は肉を磨《す》り潰《つぶし》して、枇杷《びわ》の花の形に練り慥えてあった。そして、皿の肴《さかな》には、霰《あられ》の降るときは水面に浮き跳ねて悦ぶという琵琶湖の杜父魚《かくぶつ》を使って空揚げにしてあるなぞは、料理人になかなか油断のならない用意あるが
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