ことが、この際二人に最も必要である。場合によってはと考えて、初から娘の旅券には暹羅《シャム》、安南、ボルネオ、スマトラ、爪哇《ジャバ》への旅行許可証をも得させてあったのが、幸だった。
 私はうすら冷たくほのぼのとした河明りが、障子にうつるこの室に座りながら、私の最初のプランである、私の物語の娘に附与すべき性格を捕捉《ほそく》する努力を決して捨ててはいない。芸術は運命である。一度モチーフに絡《から》まれたが最後、捨てようにも捨てられないのである。その方向からすれば、この家の娘への関心は、私に取って一時の岐路であった。私の初め計劃《けいかく》した物語の娘の創造こそ私の行くべき本道である。
 だが、こう思いつつ私が河に対するとき、水に対する私の感じが、殆《ほとん》ど[#「殆《ほとん》ど」は底本では「殆《ほとん》んど」]前と違っているのである。河には無限の乳房のような水源があり、末にはまた無限に包容する大海がある。この首尾を持ちつつ、その中間に於ての河なのである。そこには無限性を蔵さなくてはならない筈《はず》である。
 こういうことは、誰でも知り過ぎていて、平凡に帰したことだが、この家の娘が身
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