うごめ》いていた、新嘉坡《シンガポール》の町の灯がだんだん生き生きと煌《きら》めき出した。日本料理店清涼亭の灯も明るみ出した。
 話し疲れた二人は暫《しばら》く黙っていた。
 波打際をゆっくりと歩いて来る娘と社長の姿が見えた。蛍の火が一すじ椰子の並木の中から流れてきた。娘は手に持っていた団扇《うちわ》をさし上げた。蛍の光はそれにちょっと絡《まと》わったが、低く外れて海の上を渡り、また高く上って、星影に紛れ込んで見えなくなった。


 私はいま再び東京日本橋箱崎川の水に沿った堺屋のもとの私の部屋にいる。日本の冬も去って、三月は春ながらまだ底冷えが残っている。河には船が相変らず頻繁に通り、向河岸の稲荷《いなり》の社には、玩具《がんぐ》の鉄兜《てつかぶと》を冠《かぶ》った可愛《かわ》ゆい子供たちが戦ごっこをしている。
 その後の経過を述べるとこうである。
 私は遮二無二|新嘉坡《シンガポール》から一人で内地へ帰って来た。旅先きでの簡単な結婚式にもせよ、それを済ましたあとの娘を、直《す》ぐに木下に托《たく》するのが本筋であると思ったからである。陸に住もうが、海に行こうが、しばらくも離れずにいる
前へ 次へ
全114ページ中111ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング