》する。男達は意味あり気な笑いを泛《うか》べて、
「やっとるね」
「うん、やっとるね」
と云った。
それは海峡の一部に出来るイギリス海軍根拠地の大工事だと、社長は説明した。
道が尽きてしまって、そこから私たちはトロッコに乗せられた。箱車を押す半裸体の馬来人《マレイじん》は檳榔子《びんろうじ》の実を噛《か》んでいて、血の色の唾《つば》をちゅっちゅと枕木に吐いた。護謨園《ゴムえん》の事務所に着いた。
事務所は椰子林《やしりん》の中を切り拓《ひら》いて建てた、草葺《くさぶ》きのバンガロー風のもので、柱は脚立のように高く、床へは階段で上った。粘って青臭い護謨の匂《にお》いが、何か揮発性の花の匂いに混って来る。
壁虎《やもり》がきちきち鳴く、気味の悪い夜鳥の啼《な》き声、――夕食後私はヴェランダの欄干《らんかん》に凭《もた》れた。私のいる位置のいびつに切り拓かれた円味のある土地を椰子の林が黒く取巻いている。截《き》り立ったような梢《こずえ》は葉を参差《しんし》していて、井戸の底にいるような位置の私には、草荵《くさしのぶ》の生えた井の口を遙かに覗《のぞ》き上げている趣であった。
その狭い井の口から広大に眺められる今宵《こよい》の空の、何と色濃いことであろう。それを仰いでいると、情熱の藍壺《あいつぼ》に面を浸し、瑠璃色《るりいろ》の接吻《せっぷん》で苦しく唇を閉じられているようである。夜を一つの大きな眼とすれば、これはその見詰《みつ》める瞳《ひとみ》である。気を取り紛らす燦々《さんさん》たる星がなければ、永くはその凝澄《こりすま》した注視に堪えないだろう。
燦々たる星は、もはやここではただの空の星ではない。一つずつ膚に谷の刻みを持ち、ハレーションを起しつつ、悠久に蒼海《そうかい》を流れ行く氷山である。そのハレーションに薄肉色のもあるし、黄薔薇色《きばらいろ》のもある。紫色が爆《は》ぜて雪白の光茫《こうぼう》を生んでいるものもある。私は星に一々こんな意味深い色のあることを始めて見た。美しい以上のものを感じて、脊椎骨《せきついこつ》の接目《つぎめ》接目《つぎめ》に寒気がするほどである。
空地の真中から、草葺きのバンガローが切り拓かれた四方へ大ランプの灯の光を投げている。
その光は巻き上げた支那簾《しなすだれ》と共に、柱や簾に絡んでいる凌霄花《のうぜんかずら》にやや強く当る。欄干の下に花壇もあるらしい。百合《ゆり》と山査子《さんざし》の匂いとだけ判って、あとは私の嗅覚《きゅうかく》に慣れない、何の花とも判らない強い薬性の匂いが入れ混って鬱然《うつぜん》と刺戟《しげき》する。
私と社長は、その凌霄花の陰のベランダで、食後の涼をいつまでも入れている。娘は食後の洗物を手伝って、それから蓄音機をかけて、若い事務員たちのダンスの相手をしてやっていたが、疲れた様子もなく、まだ興を逐《お》うこの僻地に仮住する青年たちのために、有り合せの毀《こわ》れギターをどうやら調整して、低音で長唄《ながうた》の吾妻八景《あずまはっけい》かなにかを弾いて聞かしている。若い経営主もその仲間に入っている。
ここへ来てからの娘の様子は、また、私を驚かした。経営主の他、五六人居る邦人の事務員たちは、私たちの訪問を歓迎するのに、いろいろ心を配ったようだが、突然ではあり、男だけで馬来人を使ってする支度だけに、一向|捗《はか》どらず、私たちの着いたとき、まだ途惑っていた。それと見た娘は
「私もお手伝いさせて頂きますわ」
と云ったきり、私たちから離れて、すっかり事務所の男達の中に混り、野天風呂も沸せば、応接用の室を片付けて、私たち女二人のための寝室も作った。
「森はずれから野鶏と泥亀を見付けて来たんですが、どう料理したらご馳走《ちそう》になるか、へばって[#「へばって」に傍点]いましたら、お嬢さんが、すっかり指図して教えて呉《く》れたんで、とても上等料理が出来ました。これならラフルス・ホテルのメニュウにだってつけ出されまさ」
事務員の一人は、晩餐《ばんさん》の食卓でこう云った。なるほど、支那料理めいたもの、日本料理めいたもののほかに、容器は粗末だが、泥亀をタアトルス・スープに作ったものや、野鶏をカレー入りのスチューにしたものは特に味がよかった。
「わたくしだって、こんな野生のものを扱うの始めてですわ。学校の割烹科《かっぽうか》では、卒業生が馬来半島へ出張料理することを予想して、教えては呉れませんでしたもの」
娘は、また、こんなことを云って、座を取り持った。主人側の男たちは靉靆《あいたい》として笑った。
娘がこういう風に、一人で主人側との接衝を引受けて呉れるので私は助かった。
私は私が始めてあの河沿いの部屋を借りに行ったとき、茶絹のシャツを着、肉色の股引《も
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