れ、同時に、彼女から放射する電気のようなものを私は感じた。私は彼女が気が狂ったのではないかと、怖《おそ》れながら肩の痛さに堪えて、彼女の気色を覗《うかが》った。自分でも気がつくくらい、私の唇も慄えていた。
男は席につくと、私に簡単に挨拶《あいさつ》した。
「木下です。今度は思いがけないご厄介をかけまして」と頭を下げた。
それから社長に向って
「いや、あなたにもどうも……」これは微笑しながらいった。
娘は座席に坐《すわ》り直して、ちょっとハンケチで眼を押えたが、もうそのときは何となく笑っている。始めて男は娘に口を切った。
「どうかしましたか」それは決して惨《むご》いとか冷淡とかいう声の響ではなかった。
「いいえ、あたし、あんまり突然なのでびっくりしたものだから……」そして私の方を振り向いて、「でも、すべて、こちらがいて下さるものですから」と自分の照れかくしを仕乍《しなが》ら私に愛想をした。
娘は直《じ》きに悪びれずに男の顔をなつかしそうにまともに見はじめた。だが何気ないその笑い顔の頬《ほお》にしきりに涙が溢《あふ》れ出す。娘はそれをハンケチで拭《ぬぐ》い拭《ぬぐ》い男の顔に目を離さない――男もいじらしそうに、娘の眼を柔かく見返していた。
社長もすべての疎通を快く感ずるらしく、
「これで顔が揃《そろ》った。まあ祝盃として一つ」などとはしゃいだ。
私はふと気がつくと、娘と男から離れて、独り取り残された気持ちがした。こちらから望んで世話に乗り出したくらいだから、利用されたというような悪毒《あくど》く僻《ひが》んだ気持ちはしないまでも、ただわけもなく寂しい感じが沁々《しみじみ》と襲った。――この美しい娘はもう私に頼る必要はなくなった。――しかし、私はどんな感情が起って不意に私を妨げるにしても自分の引受けた若い二人に対する仕事だけは捗取《はかど》らせなくてはならないのである。私は男に、
「それで、結婚のお話は」
ともう判り切って仕舞ったことを形式的に切り出した。すると男はちょっとお叩頭《じぎ》して、
「いや、私の考がきまりさえしたら、それでよろしいんでございましょう。いろいろお世話をかけて申訳ありません」といった。
娘は私に向って、同じく頭を下げて済まないような顔をした。
もはや、完全に私は私の役目を果した。二人の間に私の差挟まる余地も必要もないのをはっきり自
前へ
次へ
全57ページ中46ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング