や強く当る。欄干の下に花壇もあるらしい。百合《ゆり》と山査子《さんざし》の匂いとだけ判って、あとは私の嗅覚《きゅうかく》に慣れない、何の花とも判らない強い薬性の匂いが入れ混って鬱然《うつぜん》と刺戟《しげき》する。
私と社長は、その凌霄花の陰のベランダで、食後の涼をいつまでも入れている。娘は食後の洗物を手伝って、それから蓄音機をかけて、若い事務員たちのダンスの相手をしてやっていたが、疲れた様子もなく、まだ興を逐《お》うこの僻地に仮住する青年たちのために、有り合せの毀《こわ》れギターをどうやら調整して、低音で長唄《ながうた》の吾妻八景《あずまはっけい》かなにかを弾いて聞かしている。若い経営主もその仲間に入っている。
ここへ来てからの娘の様子は、また、私を驚かした。経営主の他、五六人居る邦人の事務員たちは、私たちの訪問を歓迎するのに、いろいろ心を配ったようだが、突然ではあり、男だけで馬来人を使ってする支度だけに、一向|捗《はか》どらず、私たちの着いたとき、まだ途惑っていた。それと見た娘は
「私もお手伝いさせて頂きますわ」
と云ったきり、私たちから離れて、すっかり事務所の男達の中に混り、野天風呂も沸せば、応接用の室を片付けて、私たち女二人のための寝室も作った。
「森はずれから野鶏と泥亀を見付けて来たんですが、どう料理したらご馳走《ちそう》になるか、へばって[#「へばって」に傍点]いましたら、お嬢さんが、すっかり指図して教えて呉《く》れたんで、とても上等料理が出来ました。これならラフルス・ホテルのメニュウにだってつけ出されまさ」
事務員の一人は、晩餐《ばんさん》の食卓でこう云った。なるほど、支那料理めいたもの、日本料理めいたもののほかに、容器は粗末だが、泥亀をタアトルス・スープに作ったものや、野鶏をカレー入りのスチューにしたものは特に味がよかった。
「わたくしだって、こんな野生のものを扱うの始めてですわ。学校の割烹科《かっぽうか》では、卒業生が馬来半島へ出張料理することを予想して、教えては呉れませんでしたもの」
娘は、また、こんなことを云って、座を取り持った。主人側の男たちは靉靆《あいたい》として笑った。
娘がこういう風に、一人で主人側との接衝を引受けて呉れるので私は助かった。
私は私が始めてあの河沿いの部屋を借りに行ったとき、茶絹のシャツを着、肉色の股引《も
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