ともなく移って行く。軽く浮く芥屑《ごみくず》は流れの足が速く、沈み勝ちな汚物を周《めぐ》るようにして追い抜いていく。荒く組んだ筏《いかだ》を操って行く馬来《マレイ》の子供。やはり都の河の俤《おもかげ》を備えている。
河口に近くなってギャヴァナー橋というのが、大して大きい橋でもないが、両岸にゲート型の柱を二本ずつ建て、それを絃《げん》の駒にして、ハープの絃のように、陸の土と橋欄とに綱を張り渡して、橋を吊《つ》っている。何ともないような橋なのだが、しきりに私達の心は牽《ひ》かれる。向う岸の橋詰に榕樹《ガジマル》の茂みが青々として、それから白い尖塔《せんとう》が抽《ぬき》んでている背景が、橋を薄肉彫のように浮き出さすためであろうか。私がいつまでも車から降りて眺めていると、娘はそれを察したように、
「東京の吾妻橋《あずまばし》とか柳橋とかに似てるからじゃありません?」と云った。
この橋から間もなく、河口の鵜《う》の喉《のど》の膨らみのようになっている岸に、三層楼の支那の倉庫店がずらりと並び、河には木履型《ぽっくりがた》のジャンクが河身を埋めている。庭の小亭のようなものが、脚を水上にはだけてぬいぬい立っている。
「橋が好きなら、この橋のもう一つ上のさっき渡って来た橋、あれをよく覚えときなさい。あの橋から南と北に大道路が走っていて、何かと基点になっています。もしはぐれて迷子になったら、あの橋詰に立っていなさればよい、迎いに行きますよ」社長はこんな冗談を云った。
官庁街の素気なく白々しい建物の数々。支那街の異臭、雑沓《ざっとう》、商業街の殷賑《いんしん》、私たちはそれ等を車の窓から見た。ここまで来る航行の途中で、上海《シャンハイ》と香港《ホンコン》の船繋《ふながか》りの間に、西洋らしい都会の景色も、支那らしい町の様子もすでに見て来た。私たちはただ南洋らしい景色と人間とを待ち望んだ。しかし、道で道路工事をしている人々や、日除《ひよ》け付きの牛車を曳《ひ》いている人々が、どこの種族とも見受けられない、黒光りや赫黒《あかぐろ》い顔をして眼を炯々《けいけい》と光らせながら、半裸体で働いている。躯幹《くかん》は大きいが、みな痩《や》せて背中まで肋骨《ろっこつ》が透けて見える。あわれに物凄《ものすご》い。またそれ等の人々の背を乗客席に並べて乗せた電車が市中を通ると、地獄車のように、異様
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