繋《つなが》りをいかにもはっきりと娘は自分の心に感じた。
一時はひどく腹を立てても、結局、娘想いの父は、若い学者の家には、平謝りに謝って、結婚を思い切って貰った。若い学者はいくらか面当ての気味か、当時女優で名高かった女と結婚して、ときどき家庭はごたごたしている。
「じゃあ、その方には恋ではなくって、学問の好奇心で牽《ひ》かれて行ったのね。道理で、あなた、河川の事に詳しいと思った」
私は苦笑したが、この爛漫《らんまん》とした娘の性質に交った好学的な肌合いを感じ、それがこの娘に対する私の敬愛のような気持ちにもなった。
「あなた男なら学者にもなれる頭持ってるかも知れないのね」
娘は少し赫《あか》くなった。
「……私の母が妙な母でした。漢文と俳句が好きで、それだのに常盤津《ときわず》の名取りでしたし、築地のサンマー英語学校の優等生でしたり……」
娘はその後のことを語り継いだ。その後、久し振りで、陸に上って来た若い店員に思切って訊いた。
「どうしたら、私はあなたに気に入るんでしょう」
男はしばらく考えていたが、
「どうか、あなたが今よりも女臭くならないように……。」
海の男は相変らず曖昧《あいまい》なことを云っているようで、その語調のなかには切実な希求が感じられたと娘は眼に涙さえ泛《うか》べ、最上の力で意志を撓《たわ》め出すように云った。
「私のそれからの男優《おとこまさ》りのような事務的生活が始まりました。その間二三度その男は帰って来ましたが、何とも云わずに酒を飲んで、また寂しそうに海へ帰って行きました。私はまだ、どこか灰汁《あく》抜けしない女臭いところがあるのかと、自分を顧みまして、努めようとしましたが、もうわけが分りません。迷い続けながら、それでも一生懸命に、その男の気に入るようにと生活して来ますうち、あなたにお目にかかりました」
東京の中で、朝から食べさせる食物屋は至って数が少い。上野の揚げ出しとか、日本橋室町の花村とか、昔から決っているうち[#「うち」に傍点]である。そうでなければ各停車場の食堂か、駅前の旅籠屋《はたごや》や魚市場の界隈の小料理屋である。けれども女二人ではちょっと困る。私たちは寒気の冴《さ》える朝の楓《かえで》川に沿い、京橋川に沿って歩いたが、そうそうは寒さに堪えられない。車を呼び止めて、娘をホテルの食堂に連れて行き、早い昼飯を食べさし
前へ
次へ
全57ページ中28ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング