いると、どうにか暖簾《のれん》もかけ続けて行けるし、それとまた妙なもので、誰か、いのちを籠めて慰めて呉れるものが出来るんだね。お母さんにもそれがあったし、お祖母さんにもそれがあった。だから、おまえにも言っとくよ。おまえにも若《も》しそんなことがあっても決して落胆おしでないよ。今から言っとくが――」
母親は、死ぬ間際に顔が汚ないと言って、お白粉《しろい》などで薄く刷き、戸棚の中から琴柱《ことじ》の箱を持って来させて
「これだけがほんとに私が貰ったものだよ」
そして箱を頬に宛てがい、さも懐《なつ》かしそうに二つ三つ揺る。中で徳永の命をこめて彫ったという沢山の金銀|簪《かんざし》の音がする。その音を聞いて母親は「ほ ほ ほ ほ」と含み笑いの声を立てた。それは無垢《むく》に近い娘の声であった。
宿命に忍従しようとする不安で逞しい勇気と、救いを信ずる寂しく敬虔な気持とが、その後のくめ子の胸の中を朝夕に縺《もつ》れ合う。それがあまりに息詰まるほど嵩《たか》まると彼女はその嵩《かさ》を心から離して感情の技巧の手先で犬のように綾なしながら、うつらうつら若さをおもう。ときどきは誘われるまま、常連
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