家庭愛増進術
――型でなしに
岡本かの子
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)同棲《どうせい》する
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)自分|達《たち》を
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]言《うそ》
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わたくしは自分|達《たち》を夫とか妻とか考えません。
同棲《どうせい》する親愛なそして相憐《あいあわ》れむべき人間同志と思って居《い》ます。そして元来《がんらい》が飽《あ》き安い人間の本能を征服|出来《でき》て同棲を続ける者同志の因縁《いんねん》の深さを痛感します。わたくしは因縁こそ実に尊《とうと》くそれを飽迄《あくまで》も大切にすべきものだと信じて居《お》ります。其処《そこ》に優しい深切《しんせつ》な愛情が当然|起《おこ》るのであります。
わたくしもわたくしの同棲者も元来が或《あ》る信念の上に立つと従順《じゅうじゅん》な人間になり生活意識や情操《じょうそう》が一所《ひとところ》に集注《しゅうちゅう》するたち[#「たち」に傍点]と見えます。(それゆえ却《かえ》ってこの信念を樹立し合わなかった昔はお互いに或《あ》る部分が少し散漫《さんまん》な所もありました)
さて、わたくし達は「夫婦」だなどと云《い》われるとびっくり[#「びっくり」に傍点]するようなへん[#「へん」に傍点]な気がいたします。「夫婦」でないと云うのもそらぞらしいでしょう、でもそれ以上とかそれ以下とかそれ以外とかも云えないのでしょうね。強《し》いて形容詞のなかへ入れられないような人間同志が無上《むじょう》の信頼と哀楽《あいらく》と相憐《あわれみ》とを共にして生きて居《い》る。――
既《すで》に同一感情と生活意識の上に立って生きて居るとしますれば一つのものを喰《た》べ、同じ所を視《み》、なるべく同じ所に居たいのはあたりまえです。
「あの人達は甘い。」
「あそこではいつも一所《いっしょ》に出かける。」
「へんに仲が好《よ》い。」
などと皮肉らしく云われても平気です。
「かんしんな同棲者達だ。」
「模範《もはん》的な同棲者達だ。」
こうほめられてもあたりまえのような気がします。
世間を対照《たいしょう》してではなくわたくし達はわたくし達の信念を行って居《い》るのですから。
「かの子さんはお嬢様《じょうさま》育ちだから一平《いっぺい》さんが世話をしないと他所《よそ》へ出られないからいつでもついて行って貰《もら》って居る。」
斯《こ》う云《い》われても嘘《うそ》とは云いません。しかし家の内《なか》では実に私は一平の召使《めしつかい》のような働きをする時がいくらもあるのですから。
両方で適度に助け合い世話もやかせ合わなければ両者の親愛はむしろ保てないと私の生活意識の一部分が明確に感じて居ます。
自分の大切な生命力をついや[#「ついや」に傍点]さ無《な》いものに本当の愛念《あいねん》の残るはずはありません。自分の仕事が実にいそがしい主人が、たまにはめんどうと思っても、主人は主人のひま[#「ひま」に傍点]を割《さ》いてわたくしの為《ため》にして呉《く》れます。(他所へつれて出てもらうことより今の処《ところ》別に何も世話はやかせませんが)それが習慣となれば随《したが》って自然にその時々のわたくしへの労力と思って呉れるでしょう。
元来《がんらい》家事にむかない私が自分の研究の暇《ひま》をさいて、とにかくそれに励《はげ》むようになったのも仕向けられるばかりでは済まないこれによって仕向けて上げようと云う意力《いりょく》から始まった事《こと》です。それから又《また》いくら信念の上に立った親愛同志の同棲者に対してでも、やはり些細《ささい》な観察や評価の眼はにぶらしてはなりません。それは決して其《その》結果によって打算《ださん》的な仕向けをするという卑《いや》しい考えからでは無くて、自分の身辺《しんぺん》を晦《くら》まして置くという手前勝手を許さない事になり、また本当に自分の親愛なものの心を停滞させ腐敗《ふはい》させ無い為のやはり叡明《えいめい》な愛の作業だと思います。時には怒りも憎《にく》みもします。しかしそれは私情の憎みや怒りとは違います。(私情で怒ったり憎《にく》んだりした時は直《す》ぐに私は自分に恥じます。そして対者《あいて》につつしんであやまります。)
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うやうやしき礼《いや》の八千度さかしらのわがひと言はゆるし賜《た》ぶべし。
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子供に対しての事も一寸《ちょっと》お聞きになったようですね。子供
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