《きつもん》しますと、
氏は「だって、あれだけの冒険をしてやっと這入《はい》ったんだぜ、(盗人は三重の扉《とびら》を手際《てぎわ》よく明けて入りました)あれ位《くら》いの仕事じゃ(盗人は作りたての外套《がいとう》に帽子をとりました。)まだ手間《てま》に合うまいよ。逃がせ逃がせだ。」という調子です。氏のこの言葉は氏のその時の心理の一部を語るものでしょうが、一体《いったい》は氏は怖くて賊《ぞく》が追えなかったのです。氏は都会っ子的な上皮《うわべ》の強がりは大分ありますがなかなか憶病《おくびょう》でも気弱《きよわ》でもあります。氏が坐禅《ざぜん》の公案《こうあん》が通らなくて師に強く言われて家へ帰って来た時の顔など、いまにも泣き出し相《そう》な小児《こども》の様に悄気《しょげ》返《かえ》ったものです。以上|不備《ふび》乍《なが》ら課せられた紙数を漸《ようや》く埋めました。
底本:「愛よ、愛」メタローグ
1999(平成11)年5月8日第1刷発行
底本の親本:「岡本かの子全集」冬樹社
1976(昭和51)年発行
※「椽《えん》」の表記について、底本は、原文を尊重したとしていま
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