、あれをあの方は、こんな粗末《そまつ》なものを貰《もら》ったって何にもなりゃしないって蔭口《かげぐち》云《い》ってましたよ。」などと告《つ》げる第三者があるとします。
この場合氏は、
「折角《せっかく》やったのに失礼な。」
などとは云わずに、
「そうかい。いや、今度はひとつ、あいつの気に入る様《よう》なのをやることにしようよ。」と云った調子です。
また、他人が氏を侮蔑《ぶべつ》した折など、傍《はた》から、
「あなたはあんなに侮蔑されても分《わか》らないのですか。」など歯がゆがっても、
「分って居るさ、だけど向《むこ》うがいくらこっちを侮蔑したって、こっちの風袋《ふうたい》は減りも殖《ふ》えもしやしないからな。」と、平気に見えます。
また、男女間の妬情《とじょう》に氏は殆《ほとん》ど白痴《はくち》かと思われる位《くらい》です。が氏とて決して其《それ》を全然感じないのではない相《そう》ですが、それに就《つ》いて懸命《けんめい》になる先に氏は対者《あいて》に許容を持ち得るとのことです。一面から云《い》えば氏はあまり女性に哀惜《あいせき》を感ぜず、男女間の痴情《ちじょう》をひどく面倒《めんどう》がることに於《おい》て、まったく珍《めず》らしい程《ほど》の性格だと云えましょう。それ故《ゆえ》か、少青年期間に於《お》ける氏は、かなりな美貌《びぼう》の持主《もちぬし》であったにかかわらず、単に肉欲の対象以上あまり女性との深い恋愛関係などは持たなかった相です。熱烈な恋愛から成《な》った様に噂《うわさ》される氏の結婚の内容なども、実は、氏の妻が女性としてよりは、寧《むし》ろ「人」として氏のその時代の観賞《かんしょう》にかない、また彼女との或《ある》不思議な因縁《いんねん》あって偶然成ったに過ぎないと思われます。
「女の宜《よ》い処《ところ》を味わうには、それ以上の厭《いや》な処を多く嘗《な》めなければならない。」とは、女の価値をあまりみとめない氏の持説《じせつ》です。
氏は近来《きんらい》女の中でも殊《こと》に日本の芸者|及《およ》びそうした趣味の女を嫌う様《よう》です。
音楽なども長唄《ながうた》をのぞいては、むしろ日本のものより傑《すぐ》れた西洋音楽を好みます。
席亭《せきてい》へも以前は小《こ》さんなど好きでよく行きましたが、近頃は少しも参りません。芝居は仕事の関係
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