の》っている。或《あ》る養殖家の話では巴里で一年に食べられる蝸牛の数は約七千万匹で、それを積み重ねると巴里の凱旋門《がいせんもん》よりも高くなるというから大したものである。
蛙《かえる》を食べ始めたのもフランス人だと聞いた。食用蛙は近来《きんらい》日本でも養殖されるが、本場のフランスに於《おい》てさえまだなかなか普遍《ふへん》的な食物とはなっていないようだ。その点から云えば蛙より蝸牛《かたつむり》の方が遥《はる》かに優《まさ》っている。蛙料理は上等のバタでフライにしてトマトケチャップをかけて食べる。上等のバタを使うので、出来上《できあが》りがねっとり[#「ねっとり」に傍点]していて些《いささ》か無気味《ぶきみ》に感ぜられる。蛙は寧《むし》ろラードのようなものでからり[#「からり」に傍点]と揚《あ》げた方があっさりしていてよくはないだろうか。
蛙や蝸牛などのグロテスクなものを薄《うす》気味悪い思いをしてまで食べなくとも、巴里《パリ》には甘《うま》い料理がいくらもある。
ラングストと云《い》っている大きな蝦《えび》の味は忘れかねる。これは地中海で獲《と》れる蝦で、塩茹《しおゆで》にしてマヨネーズソースをつけて食べる。伊勢蝦《いせえび》よりもっと味が細かい。芝《しば》蝦より稍々《やや》大きいラングスチンと呼ぶ蝦は鋏《はさみ》を持っている。鋏を持っている蝦は一寸《ちょっと》形が変《かわ》っていて変だが、これがまたなかなかうまい。殊《こと》にオリーブ油で日本式の天麩羅《てんぷら》にするといい。
日本は四方《しほう》海に囲まれているから海の幸《さち》は利用し尽《つく》している筈《はず》だが、たった一つフランスに負けていることがある。それは烏貝《からすがい》がフランス程《ほど》普遍的な食物になっていないことだ。日本では海水浴場の岩角にこの烏貝が群《むらが》っていて、うっかり踏付《ふんづ》けて足の裏を切らないよう用心しなければならない。あんなに沢山《たくさん》ある貝が食べられないものかと子供の時によく考えたことだが、それがフランスへ行って、始めて子供の時の不審《ふしん》を解決することが出来た。烏貝はフランス語でムールと云う。このムールのスープは冬の夜など夜更《よふか》しして少し空服《くうふく》を感じた時食べると一等いい。
日本に始めて渡来した西洋料理がポークカツレツ――
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