そ》い負けてわたしのまわりから姿を消したことであろう。おもえば相当に、罪を担《にの》うて居《い》るこの人である。けれどもこの人の、いまの静けさに憎《にくし》みを返す人があろうか。この人のわたしを庇《かば》い通した永い年月を他所《よそ》ながら眺めてその人達も恨《うらみ》をおさめて居るに相違あるまい。もういくたりの児《こ》の父となって。もし逢《あ》ってもその人達はこの人になつかしく差出《さしだ》す手を用意して居るに相違ない。そういえばわたしとてよくもこの人を庇い通した――おもえば氷を水に溶《と》く幾年月。その年月に涙がこぼれる。
 和服を着せれば幾日でもおとなしく和服を着ている。洋服を着せれば黙って洋服を着て居る。この人はまるで阿呆《あほう》のようだ。そのくせわたしの着物にはいろいろと世話をやく。あらい柄《がら》のものをわたしが着さえすれば悦《よろ》んで居る。ときには少女が着でもするような派手な着物を買ってさえ来る。わたしは訊《き》く「どうしてこんなものを」この人は答える「うちには娘が無《な》いからお前に着せる。でないと、うちのなかに色彩がなくて淋《さみ》しい」
 いくら忠告してもこの人が
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