客の引付策としてスワンソン夫人始めロンドンの But クラス婦人達を招いて毎週一回カクテール・パーテーを催す。それにはサヴォイ・ホテルの酒場主任《テンダア》が出張して世界の新流行のカクテールを混合筒から振り出して紹介する。「朝のカクテール」は夫人が其処で今まで覚えたなかで気に入ったものの一種だ。
 だが、給仕の男が恭《うやうや》しくグラスを捧《ささ》げて来た時にはもう夫人の気が変って居る。
 そうだ。カフェ・カクテール。今朝はあれをやって見なくちゃ。
 給仕は姿勢を取り直してまた夫人の命令を復誦する。
 玉子の黄味一つ。茶匙に砂糖一ぱい、ポートワイン三分の一。ブランデイ六分の一。ダッチ・キュウラソオ小グラス一ぱい。
 今度給仕が持って来たものをみると成程カフェ・カクテールとはよく名を付けたものだ。これは熱帯国の木の実が焙じられた時、うめき出す濃情な苦渋の色そっくりだ。酒であって珈琲《コーヒー》、珈琲であって酒なのだ。夫人は霧の朝の蒼暗い光線にグラスを浸してしばらく錯覚を楽しむ。二つの認識に疲れ飽き他の認識を開拓する勇気を欠いて居る But 階級の人々はこの両者が交感する屈折光線の世界に
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