。折角生前あれほど骨折って欧米に売り込んだ彼の家門の誉《ほま》れも水の泡だ。
 これ程のスワンソン氏の物質的起伏も彼の愛妻である美貌のスワンソン夫人の消費生活にはさしたる波動を及ぼさない。英国紳士たる体面はその愛妻に対してさえ容易に崩壊することを許さない。かくて、スワンソン夫人の生活はいつも平和で甘美で退屈だ。
 今、繻子《しゅす》の寝床の介殻《かいがら》から抜けたスワンソン夫人の肉体は軽い空気の中に出てうす白く膨張する。彼女は逃げた肉体の重心を追う格好で部屋の左側に沿い室内靴をじゅうたん[#「じゅうたん」に傍点]にすりつける。
 およそ強奪したものはみな美しいとは英国の貴族の祖先が近東を荒し廻った海賊船時代からの経験である。スワンソン夫人のピジャマはオックスフォード街の××高級品店から売出し前に強奪した自然絹《ピューアシルク》だ。その代り××高級品店はスワンソン夫人から定価以上の小切手を強奪した。この二重の強奪が行われているスワンソン夫人のピジャマに二重の魔美が潜んでいるのは合理的だ。ライラック花模様がペルシャの鷹狩の若衆に絡んで光沢の波に漂っている。
 夫人は部屋のカーテンを順々に
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