見を持たるる筈だが」
と、微笑にまぎらす。夫人もまた、たった一つの方法で夫の一日の機嫌をよくして置く。それは彼の名声に関して話すことだ。
「××伯爵がたいへんあなたの事をよく云って居られました」
この一言の注射はスワンソン氏の上機嫌を二十四時間保たしめる。
夫人は後妻だ。彼女が前に経験した初婚の年齢の均衡の取れた夫婦関係では夫が青臭く匂って張合いが持てなかったが、今の「若く美しき後妻」の位置とても彼女を緊張させは仕無い。ただ割合いに煩《わずら》わされず勝手な懐疑と孤独とを自分に侍《はべ》らせて居られるのを取柄として居る。
彼女はなぜスコッチ服の若い門番に眼をつけ無いか。ふしだら[#「ふしだら」に傍点]もふしだら[#「ふしだら」に傍点]らしいのはアカデミック小説の履行で何の刺戟も無い。彼女はこの頃貞操という事にエロチシズムを感じて居る。
卓上には昨夜彼女が見なかった夕刊新聞が今日の朝刊と一緒に載っている。それには、アインシュタインを叮嚀にもてなして居るバアナアド・ショーの写真が出ている。彼女はこころもち夫の方へ首を差し出しその写真を見せながら不服そうに云った。
「ねえ、あなた。
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