ショーのおやじは、あの空威張りの傲慢の時の方が似合いますね。アインシュタインがいくら偉大な学者だって、もともとユダヤ種のドイツ人じゃありませんか……(あとは独言のように)でもショーだって洗って見ればアイリッシュだから妙に如才ない処もあるんだわ」
 スワンソン氏はタイムスの厖大《ぼうだい》な紙量の上に遠視眼鏡を置き、霧の朝の薄暗い室内を明るくする為に卓上電燈のスイッチを捻った。夫人が次にめくったD紙の社会面にはこんな記事が簡単に載っていた。
 ××街の大劇場○○座が今度経営困難に陥り米国の富豪某氏所属のデパートとなった。旧劇場附属の人員は此の際大方採用されて、その新百貨店の使用人となった。なかに旧劇場で案内係をして居た一人の娘の親が英人の娘として米人の使用人に変ることは英国の不節操であると同時に米国への屈従であると云って断然許さなかった。新職業に就いた多くの友人に取残された娘は気が違って自殺した。
 夫人は一瞬この記事の小心な娘気を可憐に思った。そして近頃ますますロンドンに侵入する米国物資の跳梁《ちょうりょう》を憎んだ。が、次の瞬間米国への聯想が夫人の心を広々と明るくしていた。夫人はこの
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