めくり初めた。第一の窓から見る樫《かし》の茂みが過剰な重みで公園の鉄柵を噛んでいる。第二の窓からやや遠方を見る。其処の屋上起重機はロンドンの今朝の濃霧を重そうに荷っている。第三の窓をめくった時金具の磨きのぴかぴか光る騎馬が一騎高くいななき乍《なが》ら眼近の道芝に蹴込んで来た。彼女は不眠の眸瞼に点薬するように逆に第三から第一の窓外風景を今一度のぞき返した。
 多少の光線を恵まれたので室内の装飾の線の弧と、面の屈折と、角の直截と、金属性の半螺旋とがおのおのの適処適処に光を受留める。霧が追々薄れて窓からはいる光が増して来ると、新進室内装飾家G―氏の特性が追々明らかになって来る。
 鼠大理石が銀の肋骨《ろっこつ》を露出してマホガニーの木理の義足で立っているテーブル。曇硝子《くもりガラス》のさかずきが数限りなく重なり合い鋼鉄の尺木の顎《あご》に花を咲かせている照明燈。金魚がマホメット本寺《カセドラル》の円頂塔《ドーム》に立籠って風速に嚮《むか》っている、それをコルクの砂漠に並んでアネモネの花が礼拝している。これは活花台だ。月光を線に延ばして奇怪な形に編み上げたようなアームチェーアや現代機械の臓腑の模型がグロテスクな物体となって睥睨《へいげい》し嘲笑し、旧様式美に対する新様式の反逆を直截簡明に宣言している一群の進撃隊のようだ。
 この芸術的手法に於てスワンソン邸のジョージアン式の骨董的建物の心臓に喰込み、その建物の躯幹を侮辱《ぶじょく》するような振舞いを新進室内装飾家G―氏に委嘱したスワンソン夫人にそれを後援する明確な現代的新意識があるかというに、そうでも無い。夫人はこの部屋が出来上った時G―氏に云った。
「まあ奇抜ね。But……少し品が足り無いようにわたくし思いますわ」
 もちろん夫人はジョージアン式の旧い邸宅のカビ臭さには尚更幾つもの But を続けた結果この新式を招致して見たのだ。それでも矢張り But である。そして彼女は夫スワンソン氏にも劣らず彼女が持ち続けて居る彼女の家系的プライドに対してさえ英国民主主義的批判を時々振りかざして見る。
「――But。貴族なんてまったく前世紀の遺物よ」
 ああでも[#「ああでも」に傍点]無い。こうでも[#「こうでも」に傍点]無い。一たいどうなのであろう。
 英国の社会層の中に But クラスという貴婦人達の一層がある。ヴィクトリア朝以
前へ 次へ
全8ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング