かなりある。だが客は多く亜米利加の家具月賦取附会社の社長の一族や濠洲の女金貸等で、フランスの伯爵夫妻やスペインの侯爵一家などはあまり来ない。
「城」に縁の遠い身分の連中ほど多く訪ねて来たがる。時にはまたとんだいかもの[#「いかもの」に傍点]が紛《まぎ》れ込む。ポーランドの貴族と自称する片眼鏡の男は城の中の礼拝堂から処女マリア像の眼を盗み取り、その上前スワンソン夫人を誘惑しかけて行ってしまった。処女マリアの彫像の眼は駝鳥《だちょう》の胃の腑を剖《さ》いて取ったという自然のダイヤがいれてあった。これをそっと紙で巻き耳の穴に押し込み、正門から素知らぬ顔で堂々とその片眼鏡のにせ貴族は退去したそうだ。そういう時でも、主人はあく迄英国の由緒ある旧家の主人としての体面上、人前であわてたり激怒の色を見せはしなかった。
 そういう事があったにしろ頻繁《ひんぱん》な主人の招待、被招待癖はやまなかった。彼の生理的運動には是非それも必要なものとなって仕舞っている。そして彼は客を受けるのに少くとも彼の家の紋章が持っている(欧洲古名家紋章録に載っている)骨董的品位にふさわしい程度には待遇しなければならないと考えている。競馬《ダービー》の馬も持って居なければならず、領地に狐狩の狐も飼って置かなければならず、城の台所にスコットランドの小唄を美い声でうたいながらパンをこねる[#「こねる」に傍点]女もたくさん養成して置かなければならず――大した費用がかかる。
 始めはこの古い家柄を衷心から尊敬するスコッチの大蔵大臣の肝煎《きもい》りで手堅い公債ばかり買い入れ、その利息で楽々生活費が支弁出来た。しかし彼の生活がかさむにつれ、段々自分極めで危険率の多い投資に関係し増収を図るようになった。フランス人のブローカーが彼の居間に自由に出入して殖民地の一獲千金的紙上利益をタイプライターが創造しているだけの計画書《プラン》を示し、彼に荘重な約束手形の署名をさせるようになった。もちろんスワンソンは欺《だま》されてばかり居るのだ。
 大蔵大臣をやめて仕舞ってからも、しばしば彼の失策の尻拭いはさせられ続けて来たスコッチの財政家も、とうとう煩に堪え無くなって彼に断り状を送りつけた。それには週末休日《ウイクエンド》のゴルフと漁季の鱒《ます》釣りとには依然親愛の情を持って御交際するが、その他の一切に関しては御交渉を絶ち度いという
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