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 これに対してもイベットは形式だけの答礼をした。
 この時また、転ぶ様に馳けつけて来た女、この二日間小田島に纏り続け、彼の前でイベットを目の敵《かたき》に罵《ののし》り通して居たあの女だ。女は余程あわてふためいて馳け出したらしく、揉《も》み苦茶に着物を着て人目も恥じず車の中に上半身をのめり込ませ、イベットに縋り付いた。
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――イベット、あんた本当に西班牙に帰されるの。じゃ、あたしも帰る。イベット。あんたが居ないんじゃあたし一人此処に居たって詰《つま》んない。私も連れて帰ってお呉れね。イベット。
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 するとイベットの代りに探偵長ボリス・ナーデルが少し厳格な調子で云った。
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――そうは行かない。イベットの車は特別仕立てなのだ。
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 女はいつもの阿婆摺《あばず》れた様子は少しも見せず、一瞬間|萎《しお》れて呆然と車内の二人を見較べて居たが、今度は前よりも一層憐っぽくイベットに縋って云った。
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