男や、私に何も呉れ無かった男にはいくら最後でも何にも遣る気はしないけど、あなたは可成《かなり》、私の望みにかなって下さったわね。ムッシュウ・小田島。
[#ここで字下げ終わり]
小田島は更に赫くなった。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
――私あなたにお礼をするわ。今日十時半から十二時までの間…………私あなたのお部屋へ訪ねて行くわ、ね、よくって? 小田島。
[#ここで字下げ終わり]
八
突然、イベットに永訣しなければならなくなった世にも憐れな落胆者小田島は、また同時に世にも羞《はずか》しい果報者となってホテルへ帰った。イベットが訪ねて来る十時半にはもう一時間とは無い。
小田島がホテルの自分の部屋の扉を開けると、今まで意識から抜け切って居た女がまだ部屋に居た。女は浴室《バス》から上ったらしい丈夫相な半裸体のまま朝の食事を摂《と》って居た。車付きの銀テーブルの上にキャビアの鑵《かん》が粉氷の山に包まれて居る。それから呑みさしの白|葡萄《ぶどう》のグラス――小田島は呆気に取られてその傍へ突立った。
女は彼を見ると、それでも沓下だけは大急ぎで穿《は》いた。そ
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